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女の手
 幸太郎の頼みとは、訳ありの友人を、暫く泊めて欲しいとの事であった。
 秀雄自身が今現在、NKSR事ム所の居候の身の上である事を説明すると、なんとかその事ム所にやっかいになれないか?
 と、言った。
「なあ孝太郎、YMCAじゃないんだ。NKSRつーんだ。な、字だって違うだろ?」
 と秀雄。
「ふうむ。尾崎顧問と同世代の、しかも男ってかあ。……若い女だったら、俺が党首に話つけてやるんだけどな」
 とロッカ。
 とにかく、家賃はちゃんと支払うとの事なのだ。
 この事は、プータロー党首である山下党首にとっては、嬉しい事に違いないのだ。
 何しろ、
「くっそー! こんな事やってたってタバコも買えやしない。いっその事、党費でも徴収しようかな?」
 これが口ぐせなのだ。
「あのな、党首、俺の小説だってタダだと思えばこそ、皆さん読んで下さるんだ。つまり、金取ったらこんなあばら家、誰も来なくなっちまうよ」
 こう言って、いつもロッカが慰めている。
「こちらの
 とロッカが教えると、孝太郎は樺山に頼み込んだ。
「さっき、オヤジの駆け込み寺のよーなもんだって言ったじゃないすか。小松さんって、ホントいい人なんす。ここ(ストリップ劇場)の常連さんで、ストリッパーに惚れて、駆け落ちしたんすけど、結局、捨てられちゃって、家に帰れないんす。可愛そうす。秀雄オマエからも、お願いしてくれよ」
「う~ん。来る者は拒まずってのが、俺等(NKSR)の方針にゃ違いないんだけど……とにかく、本人の口から直接……だな」
 と樺山。
「面接って事っすね」
 と孝太郎。
 そんな次第で、年配のオジさんである居候希望者の小松さんと、ファミレスで面談する事となったのだ。
 孝太郎はさっそく、携帯で小松さんを呼んだ。
 樺山とロッカは店の外である。携帯で党首と相談している。
 秀雄と幸太郎はファミレスの店内で待つ。
「当てにできるかな?」
 と幸太郎が言った。
「まあ、大丈夫だと思うけどな。
 と秀雄が言う。
「樺山さんって、恐い顔の方か?」
 と幸太郎。
「ああ。スケベズラの方がロッカ先生ってんだ」
 と秀雄。
「何の先生なんだ?」
 と幸太郎。
「エステ棒の先生だそうだ」
「なんじゃそりゃ?」
「絵を見せてもらったけど、指抜きの付いたシリコン棒なんだってよ」
「何に使うんだ?」
「スケべに使うんだそーだ。使い方があるんだってよ。画期的なモンで、ノーベル賞モンだって本人は言ってる」
「そんなの、見た事ねえな」
「そりゃそうだ。オリジナルグッズなんだ。これから量産して大儲けするそうだ」
「……馬鹿みてえな人だな」
「あははは。言えてる」
 立て続けに飲んでいたお茶のカフェインのせいで、だいぶテンパッてきたようなのだが、そろそろ約束の時間となった。
 店外にいた樺山とロッカ、そして到着した小松さんが、ほぼ同時に入ってきた。
 秀雄と幸太郎は立ち上がって迎える。
 小松さんは60代も半ばくらいの、中肉中背の品のいいオジサンであった。
 温和な顔が恐縮しながら言った。
「この度は、私なんかの為に、お骨折りを頂けるそうで、何とお礼申し上げていいやら……」
 恐い顔の樺山が答える。
「いや、お役に立てるかどうかは、まだ、なんとも。私にしたって、党首って人の代理ですからね」
 ロッカが言う。
「まあ、立ち話もなんですから、一杯飲みながら、ざっくばらんにいきましょう。事ム所の部屋は空いてる事は空いてるんだしね。身元のハッキリしている人が相応の家賃を払ってくださるってんだ。党首だって反対はしませんよ。まあ、この件に関しては、こちらの樺山さんに一任してるそうですから」
 5人は席についた。
「ビールでいいっすか?」
 と秀雄。
「あ、私は赤ワインを下さい」
 と小松さん。
「そっか。ワインもいいな。樺山、ボトルでもらおっか?」
 とロッカ。
「そうしてくれ。大きいのを貰おう。秀雄とおニイちゃん、ツマミ適当に取って。な」
 と樺山。
 赤ワインのマグナム・ボトルに、ピザに手羽先に生ハムに水牛のチーズ。歯ごたえのあるランプ・ステーキだって、ツマミにゃ最適なのだ。
 驚く程安い。下手な居酒屋よりずっと気が利いている。
 ワインに顔を赤らめた小松さんが喋り始めた。
「すべては『女の手』が原因だったのです……」
「ほう。『女の手』ですか? カッチョイーすべり出し。イタダキだな」
 とロッカ。
「あの? 何がイタダキなんですか?」
 と小松さん。
「ええ。今、私、現実と虚構を、限りなくスクランブルさせる実験エロ小説を書いてるんです」
 とロッカ。
「わははは。『エステ棒長者』になる為のワンステップだとさ」
 と樺山。
「わははは」
 と秀雄が笑った。
 小松さんは続ける。
「私だって、いい歳のオヤジです。
 小松さんは、いちいち感極まった感じのカン高い声を出す。その上、絶句する癖があるようだ。
 再び話し始めた。
「私は実直に生きてきました。──
 妻にも恵まれました。子供だって立派にやっております。
 孫もおります。
 まあ満足な人生だと言えるでしょう。
 いえ。
 幸福な人生だと言うべきでしょう。
 私のように何の取りえも無い男にとっては、過分に過ぎる人生でした。
 それが、あの女の……あの柔らかな手。……」
 小松さんはまたしても絶句した。
「はあ。手ですか? 人生ですか? すいませんが、要点をお願いできませんか?」
 と早くもげっそりした様子の樺山が言った。
「サワリのところよろしく」
 とロッカが言う。
 小松さんはワインを飲み干した。
 そして言った。
「それじゃ。……沙耶花に花束を持って楽屋を訪れた時の事です。彼女が私の手を握ってくれたのです。……はあ……あの手……」
 ここで小松さんは、またまた絶句した。
 目を閉じて、なにやら味わっているような、ウットリした顔をしている。
 孝太郎が代わりに喋った。
「よーするに小松さんは、沙耶花の手の感触に、ショックを受けちゃったんだそーです。これが女の手ってもんなのか? ってね」
「そーなんです。──
 骨が無いんじゃないかってくらい、柔らかいんです。
 私は知らなかった。
 女の手が、あんなにも柔らかいものだとは。
 初めて女ってものを知った思いでした。
 凄いショックでした。
 私の求めていたモノはコレだったのか! と思ったんです。
 今までの私の人生って、いったい何だったんだろう?
 だから私はすべてを投げ打って、私に許される全ての金を持って、家を出たんです。
 沙耶花と暮らす為に」