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最前列かぶりつきの楽しみ  



「実際、射精する時の快感って、どんな感じなのかな?」
と、秀雄が言った。
「オマエ、相変わらず、出ねえのか?」
孝太郎が笑いながら茶をすすった。

茶をすすったといっても、和室で座卓を挟んで、茶を飲んでいる訳じゃない。
此処は、ファミレスなのである。
孝太郎は、秀雄の高校時代のクラスメイトだ。
秀雄と同じ26歳のくせに、先程からドリンク・バーの、ティーバッグの緑茶ばかり飲んでいる。

高校卒業と同時に、さすらいの旅(強姦行脚)に出た秀雄と違って、孝太郎は東京の大学へ進学した。
だが一年足らずで退学したと言った。
理由は色々あるのだろうが、この「お話」とは関係ない。

脱色した毛髪を、見事な金髪に染めあげ、左の鼻孔には鼻ピアスを、下唇の左端にもピアスを付けていて、口を開くと舌の真ん中にも、球形のピアスヘッドが光っていた。
まだ暑いだろうに、ひと昔前の米空軍エア・フォースのぶ厚い革ジャンを着ている。
26歳にしては「脳天気丸出し」といった感じだ。
流石は秀雄の友達というべきだろう。

「茶アが一番、コカインが強いって言うじゃねえか」
「バーカ。そりゃカフェインだ。コカインはコカコーラに入ってんだよ」
どっちもどっちである。




孝太郎は都内のストリップ劇場で、裏方の仕事をしていた。
拘束時間がやたら長いわりには、給料も安い仕事だ。
だけど孝太郎は、この仕事が気に入っていた。
暇な時は「サクラ」となって客席に出張る。
舞台の袖に陣取り、マラカスを振って、タンバリンを叩いて、「ご開帳タイム」の前にコスチューム着用で繰り広げられる、「セクシーダンスタイム」を盛り上げてやるのだ。
新人ストリッパーの緊張をほぐす効果もある。
気分は、ストリッパーの親衛隊長といった処である。
ストリッパーの娘はダンサー志望が多い。と言うよりは、ストリッパーそのものが、基本的にダンサーなのだ。
だから音楽の好みはなかなかうるさい。従って選曲のセンスも良い。
各々のストリッパーの一押しの曲にのって、幸太郎は精一杯盛り上げる。

「ア・ソレ・ソレ・ソレ・ソレ・ソレ・ソレ・ソレ・ソーレイ!」
金髪ピアスの孝太郎は、いつしか劇場の名物男となっていた。




その日、「ご開帳タイム」(昔は「特出し」って言ったよね)真っ最中の、舞台の最前列かぶりつきに、ロッカと樺山かばやまと秀雄が並んで座っていた。
ロッカと樺山は、飲食禁止の館内にも関わらず、ショータイムの暗がりをいいことに、ケンタッキーフライドチキンに、かぶりついていた。
秀雄にも一本渡して樺山が言った。
「な。秀雄。こうやって、オマンちゃん凝視しながら食うフライドチキンって、最高だろ?」
すかさずロッカが補足する。
最前列かぶりつきでかぶりつく。なんてったって生のオマンちゃん見ながらが一番だ!」
『館内、飲食禁止』の張り紙を見ながら、秀雄は苦笑している。

ロッカが言う。
「樺山、カンビール開けろよ」
──プシュ!
──プシュ!
──プシュ!
真ん中に座る樺山が、たて続けに三缶開けて、ロッカと秀雄に配る。

「秀雄、もっと食え。『特出し』の最中に、食っちまうんだ」
と、ケンタッキーフライドチキンのファミリーパックの紙バケツを抱えた樺山。

「いや、二人とも、かなり変態っすね」
と、頬張りながら秀雄が言った。

「あははは。たまんないだろ? これが昭和の流儀ってもんなんだ。な、樺山」

「そうだ。コーヒーは『ノーパン喫茶』で飲む。サケは『ノーパンしゃぶしゃぶ』で。フライドチキンはトーゼン、最前列かぶりつきだ。これが一番旨い!」

照明が落ちて、皆がスポットライトを目で追っている「ご開帳タイム」が狙い目なのだ。
かじる時だけは舞台の下に向かってうつむく。そのための最前列かぶりつきでもあるのだ。
ストリーッパーに対しては、ちゃんと敬意を払わなくちゃいけない。

ロッカは巧みにチキンをかじり、ストリッパーの肢体を凝視しながら咀嚼そしゃくして飲み込む。
他の客なんざ、ゴミだ。カボチャだ。ジャガイモだ。気にする事はない。
羨ましかったら、自分も何か、楽しみ方を考えてみろ。ってなもんだ。

「お! たまらん! オッパイ見ながら、ガブ! たまらん! むしゃむしゃ。オマ〇コ見ながら! もぐもぐ。お。ガブ! ちゃんとパイパンじゃねーか! もぐもぐ。ゴックン嬉しいね。ガブ! な! な! 気分いーだろ?」
と、ロッカは法悦郷に居るらしい。

「言われてみれば、こうやって食うと、チョー旨いっすね」
と秀雄。

「秀雄はワカッテルな。まだあるぞ食え食え」
と樺山。
馬鹿三人は、暗がりに紛れているつもりであったが、旨そうなフライドチキンの匂いが拡がってゆく。



「あ! おじさん達、イーケナインダ!」
と、乳房をぺったりと、床に押し付けた格好の寝転びポーズで、回天舞台から顔を突き出したストリッパーが言った。
ロッカがすかさず応える。
「黙りゃ! 俺たちゃ刑事だ! 張り込み中だ! 飯食う暇がないんだ。オマンちゃん、ちゃんと見せなきゃ捜査妨害だぞ!」

樺山も言う。
「ねえちゃん、顔はいいから! アッチ向け! もっとよく見せろ! 言うとうりにしなきゃ公務執行妨害になるぞ!」

これを聞き付けた孝太郎が、金髪を振り乱して叫んだ。
「あー! オヤジイ! ナニ食ってんだー! コノヤロー! ザケンナヨー!」

ロッカが言った。
「何ですと! 目上の人間に対して、その口の利き方は何だ!」

「何が目上だ! オヤジ、テメ、ここの規則知ってて、んな事やってんのか?」
と孝太郎。

「当たり前だ! クソガキ! よく聞けよ、こちらのエロ先生はな、飛行機の便所でだってタバコ吸うんだぞ!」
と樺山が言った。

ぐっとマラカスを握りしめて、近づいてきた孝太郎であったが、樺山の顔を見た瞬間、ビビッてしまった。
樺山の顔は、そりゃもう恐いのだ。(ロッカのブログ 超電導美那子倶楽部 「NKSR出張所」参照)

調子にのったロッカが畳み掛ける。
「おい小僧、ここで盛大に葉巻吹かしちゃろか? 窒息死させちゃるど!」
その時、秀雄が言った。
「おい。孝太郎じゃねーか! オマエ、こんな所で何やってんだ?」

「え? オマエ、秀雄じゃねーか」
と孝太郎が言った。
偶然の再会であった。




その後、考太郎は、何やら頼み事があると言った。
そんな訳でファミレスで待ち合わせた次第であった。

「お前ももっと、茶ア飲めよ。な。コーヒーなんかよりずっといいだろ? なんかピリピリしてきた。やっぱニコチンだよなあ」
「バーカ。カフェインだって、さっき教えたじゃねえか」
「え? オマエ、コカインって言ってなかった?」
「あれ? そうだっけ?」
実際、濃いお茶を飲み続けていると、一種のトリップ状態となる。
超安全ドラッグなのだ。
 


 




 





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