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卑劣漢

 

 夜になった。
 秀雄と麦子むぎこは『クイーンズ・バー』の店内にいる。
 この店は、加奈子に連れられて何度か来店していた。
 フード類が充実していて、旨い。
 第一、このあたりの小洒落こじゃれた店なんて、此処しか知らない。



「素敵なお店ね。よくいらっしゃるの?」
 と麦子。

「まあね」
 と秀雄。

 麦子は〝いけるくち〟であった。
 カクテルの杯を重ねる。
 強いのだ。
 よく食い、良く飲む。

 秀雄はスコっチの『ヘイグ』を水割りで飲んでいる。
 4分の1程残っていたキープボトルを、飲み干してしまったのでニューボトルを入れた。

 秀雄がひそひそとささやく。
「麦子さん。5回はイったっしょ? スンゲ感度」

 麦子もひそひそと答える。
「あーん。恥ずかしい。でも、あなた、凄く強いのね。……大きいし……。あなたは、良かった?」

 並んで座れる低い椅子の、壁際ボックス席を陣取ったかいがあった。
 加奈子とはいつも、フロア中央の丸テーブルを、正々堂々と使っている。
 だから、いちゃいちゃするなんて出来っこないし、秀雄にしたって、スキャンダルの種を蒔くような行動はつつしんでいた。
 
 ところで、麦子は大柄な絶品ボディのグラマーちゃんなのだが、大柄な女は、狡さやセコさがまったく無くて、おおらかで優しい。
 こんな女は、一度、打ち解けると何でも素直に喋りたがる。

 大柄なくせに無口で、なにやら秘密めいた女もいるが、あれは、喋るのが面倒くさいだけなのだ。
 ──どーせ喋っても、意味解んないだろうし……。
 なんて考えているのだ。
 どうしても、俯瞰ふかんで男を見てしまう。簡単に言うと、見下みくだしているって事になる。


「あのね、私、北京で、付き合ってる男の人がいるの。でも、もう別れようと思ってるの。……そこで、具体的にどんな態度をとるべきか? って悩んでたの。お陰で、結論が出たわ」

「俺とヤったら、結論でたって訳?」

「まあ、そういう事になりますね。うふふふふ」

「どんな結論?」

「ええ。セックスを拒否する事にしたわ」

「ぶははは。スンゲ結論」

「笑わないでよ!」

「だってな、触られただけで、あんだけ感じるんだ。入れられたら、もう最後だ。あははは。イっちゃったら拒否も結論もねーだろ? 感度いーからなー。……抱きつかれないように、もう会わない方が良いんじゃね?」

「何よ! 私だって、いつもあんなに感じる訳じゃないのよ!」

「じゃ、俺が良かったって事?」

「さあ? 久々の東京が、感じさせたのよ」

「へ? そいじゃ、京都行って試してみっか?」

 



 麦子は、4年間の北京生活の中、何人かの中国人男性と付き合った。
 勿論、セックスもした。 
 皆、背が高く、それなりにイケメンだった。つまり、好みのタイプと付き合ってきたのだ。

 どの男も長続きしなかったのは、やはり言語と、生活習慣の違いが原因だった。
 いづれは日本に帰るつもりの麦子は、この国の男の好みに、合わせるつもりは更々無い。

 中国が好きで、その結果、来た訳じゃない。
 何の憧れも無いし、長い歴史にだって、ほとんど興味が無かった。
 仕事だから居るだけなのだ。

 まあ、こんな調子の麦子は、中国男性にしたって、深入りしたい相手じゃない。
 だから、ハンサムなボーイフレンドが出来ると、パッと遊んで、ケンカして別れる。
 そんな感じであった。




「もう別れようと思ってるの。……」と麦子の言う、その男。陽部長との交際は、昨年の6月から始まった。
 半年余りの関係だ。

 三十一歳。麦子より3歳上であった。
 身長は麦子よりも5センチ程低い。
 貧弱な体型で、顔だって好みのタイプじゃない。

 関係会社の重役なのだが、権力を笠に着て交際を迫った訳ではない。
 とにかくマメな男であった。
 プレゼント攻勢に、高級店へのお誘い攻勢。
 いい女は、こんなマメ男に、必ず落とされる。

 陽部長は、党幹部の子弟であり、ウニクロのような外資の、受け皿的企業の一つ、『華北最合公司』という会社の企画部長であった。
 このような、外資に群がるハイエナ企業では、当局に顔が利く人間ならば、多少ボンクラでも栄達できる。
 党幹部である親が、軽薄な放蕩者ほうとうものであるこの息子の為に、手配してやった職場なのだ。
 真面目な兄弟達は政府の役人であり、それなりの要職に就いていた。

 陽部長は、金にはまったく不自由してなかったし、それなりの権力もある。
 いや、日本人である我々から見れば、必要以上の権力を有している。

 実際、陽部長にとっては、いや、陽と同じような特権子弟階級の男は、女に不自由する訳が無かった。
 地方出身の貧しい女性なんて、掃いて棄てる程いるのだから。
 だから、こういう男の常として、珍しい女を欲しがるのだ。

 何度か観光コースでデートを重ねた後、有名ホテルへ行きセックスをした。

「遊ばれちゃったなあ」
 と思っていたのだが、その後、何日かして、「婚約しよう」と言われた。
 婚約指輪を貰った。
 高価な物であった。

 だが、結納を交わすとか、つまり、親ぐるみの正式な申し込みではなかったので、麦子むぎこは、恋人ごっこのたわむれの一つだと思う事にした。

 一方、陽部長は、友人知人に会う時、麦子の事を婚約者だと紹介するようになった。
 言葉の不自由な麦子としては、不本意ながら、曖昧な笑顔で対処していた。

 ちなみに日本女性の得意ワザである、この『曖昧な笑顔』の魅力は、陽部長のハートをガッチリ捕まえたようで、本気で結婚を考えている様子なのだ。
 しかし、この男、一族内では何一つ決定権を持ってはいない。
 またそれを得る為の果敢さも、持ち合わしてはいない。

 親から貰った権力を背景に、長い青春を謳歌して、いずれは一族を利する立場の女と、政略結婚させられるのだろう。
 誰にでも、ありありと解る事だ。
 勿論、麦子にも解った。

 だから、曖昧笑いの下で、別れを考えるようになった。
 成り行きで付き合っちゃいるが、元々好きなタイプじゃないのだ。

 幸いな事に、南昌ナンチャン支店がオープンする運びとなって、支店長を拝命した。
 やっと、陽部長から離れられる。

 ──でも、この先、陽部長は、南昌ナンチャンまで会いに来るだろうか? 私を抱く為に。
 そう考えると、気が重くなる麦子むぎこであった。

 


 別れを望む気持ちとはうらはらに、何故だか、陽部長とのセックスは格別だった。
 それはセックス以上のセックスであった。
 実は、そのセックスの〝有りよう〟こそが、麦子に一抹の不安を与えているのだ。

 ──このままじゃ・・私・・けだものになっちゃいそう・・・・

 麦子は知る由も無いのだが、陽部長は悪い男であった。
 人間は誰でも屈折した暗い一面がある。
 金も権力もある人間の屈折した心情。
 これは恐いものだ。

 さて、作者と読者である我々の「エロ目線」は、国境を越え、時間をさかのぼり、北京での麦子と陽部長を俯瞰ふかんするのだ。

 二人のセックスは、たいていホテルを使うのだが、陽部長の高級マンションを使った事もある。
 


 陽部長はすぐに挿入した。
 だが、挿入後がいささか変わっていた。
 陽部長は、ほんの少ししか、動いてくれないのだ。

 挿入後、腰を密着させながら、麦子の乳房や首筋をさわさわと触り続ける。
 八分勃ちくらいで挿入したペニスは、膣の中で膨らみ、やがて完全勃起状態となる。

 この頃になると、いつでも、麦子の官能は全開を迎えている。
 挿入された膣の中から、まるで染み出して来るような、強烈な快感なのだ。

「あっふ・・陽さん・・もちょっと動いてください・・ああ・・陽さん・・あなた・・意地悪・・」
 麦子は激しく仰け反り、腰を振り、あえぎにあえぐ。
 声を出し、抱きつき、脚を絡める。
 いつしか、痴態の限りを尽くしているのだ。

 それでも陽部長はピッチを上げない。
 麦子の身体を冷静に観察しながら、スローモーションのように、緩慢に動き続ける。
 そうだ。これは太極拳のスピードだ。
 中国四千年の陰陽の技なのであろうか?
 焦らしに焦らす。

 そして、燃え上がりたい麦子は、狂ったように尻を振り初める。

「ああ・・ああ・・ああ・・ああ・・もすぐ・・イキそ・・」
 この時はいつでも、自分がモルモットのような、実験動物にでもなったように感じる麦子なのだ。

 官能は更に高まり、唇は陽部長の首筋に、乳首に、むしゃぶりつき、左右の手は、自らの乳房を握り締め、乳首を揉みしだき、円を書くように局部を擦りつけ、涙を流し、よだれまで垂らしている。

 ──何これ。ちょっと異常じゃない? 感じ過ぎ!
 と心のどこかで、ちらっと思う。

「思う存分イクがいい!」
 まさにその時、陽部長は、ぐいんぐいんと大きく腰を振る。

「うわあ・・あ・・あ・・はっく・・はう・・はう・・はっ・・はっぷ・・ふ・・ふ・・」
 アクメである。
 奇数拍子の痙攣が麦子を襲う。
 痙攣は、燃え尽きるまで止まらない。
 ぷるぷると震える真っ白い乳房に向かって、ゆっくりと抜いた陽部長が冷静に放つ。

「どーです。麦子さん。良かったですか?」
 と毎回、同じ事を聞く。

「ええ。最高。私ばっかり、狂ったみたいに乱れちゃって、恥ずかしいわ」
 と、これも、ほぼ毎回同じセリフなのだ。

「もっともっと狂ってください」
 と言って陽部長は笑っている。

 何故だか陽部長のこの余裕に、無性に腹が立つ麦子であった。
 なぞなぞの、答えが解らぬ、もどかしさに似ている。


 実は陽部長は、陰茎に覚せい剤を塗布して挿入していた。
 この美形グラマーの日本人女を、セックスアニマルに仕立て、自分のペニスの奴隷にしよう。という魂胆なのだ。
 陽部長は、ほくそ笑む。

 ──ふっくっくっく。アソコの粘膜から、この薬を吸収した女は、もう駄目だよ。
 ──絶対、私から逃げられないよ。

 まったく事情が解らぬまま、それでも麦子は、この異常な官能の高まりに、本能的な違和感を覚えた。
 やがてそれは、例えようの無い危機感となっていった。

 ともあれ現実は甘くない。
 半年間に及び、膣粘膜から吸収され続けた覚せい剤の成分は、今や確実に麦子の身体と脳をむしばんでいた。
 
『別れるつもり』なのに、陽部長からの連絡を、心待ちにしてしまう。
 彼の高級マンションを、思わず訪ねて行った事もある。
 身体がシャブを求めているのだ。

 多少の救いがあるとすれば、それは、〝いい女〟麦子の、性格の中にあった。
 並の女なら、この中毒状態を、陽部長への愛情とはき違え、思慕を募らせた事だろう。
 つまり、中毒状態と愛情をごった煮にして、セックス奴隷への道をひた走って行く。
〝いい女〟麦子の傲慢さが、それを阻んでいる。

 だが、麦子むぎこの守護霊の力も、この辺が限界だろう。
 摂取し続ける限り、薬物のパワーに敵う訳が無いのだから。



 陽部長は時折、延辺朝鮮人自治州の延吉市に出かけて行っては、北朝鮮製造の密輸覚せい剤を購入していた。
 この卑劣漢は、屈折した征服欲故に、若くて貧しい中国人の少女を、すでに数名、シャブを使って淫乱奴隷にしていた。
 今は、日本人美形グラマーである麦子の攻略に、主眼を置いている。だからといって、他の女狩りを止めた訳じゃない。
 ロシア人美少女を求めて、中国東北部へ頻繁に〝出張〟している。





 










 
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