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ラブホをチェックアウトした秀雄は、孝太郎のマンションにでも行こう。と思った。
事ム所に帰って、小松さんと将棋を指すのも、党首とチェスの続きをやるのも、なんだかもったいない陽気なのだ。
日本晴れであった。
空気が澄み渡っている。
そんな訳で秀雄は、タクシーは使わずに地下鉄で移動した。
最寄の駅から孝太郎のマンションまでは、散歩コースに最適なのだ。
途中、バザールの立て看板に誘われて、秀雄は会場に入って行った。
そこは、お寺の境内であった。
昔風に言うなら「青空マーケット」をやっていた。
「ほお。真言宗派、
実はこのバザール会場は、あのストリッパー
例の、「レジャー産業のプロデュース業者」達だ。昔風に言ったら
サヤカは、一週間後にはパリに出立予定であった。
ミツルも連れて行く事にした。
滞在は、とりあえず3ヶ月と決めた。
小松さんから頂戴した2LDKマンションは、上手く売却できる運びとなり、ヨーロッパで振り込み金を受け取る事になる。
「まるで、セレブじゃん!」
とミツルもはしゃいでいる。
そんなミツルは、荷物をガレージセールで処分しようとしていたサヤカに言った。
「おっし! ちょうどいい。今度の、
早朝、トラックで荷物を運び出し、境内に設置したテントに降ろした。
仮設店舗の縄張りは前の晩に済ましていた。
「1番いい場所で、しかも
沙耶花が笑って答えた。
「沙耶花様のサヨナラバザールなのよ! 『喫茶店』の売り上げだけでも、オイルチャージ分くらい、稼いでみせるわ!」
「イヨッシャー! 来週はもう、パリの空の下だもんな! うっはあ! リキ、入るよな! じゃ!」
こう言い残してミツルは、空トラックで、別のイベント会場へ向かった。
ミツルの仲間の一人である、ボーとした感じの三十路のマアくんが、この会場の「仕切り人」として残された。
テキヤ出身のマアくんは、デカイ図体と
秀雄は会場中央に設置された『喫茶店』の椅子に座ってメニューを見ている。
やたら色気のある女が注文を取りに来て、自家製の特大コーヒーゼリーを勧めた。
秀雄はそれを注文した。
この女、
3人手伝いに来ている後輩ストリッパーの一人なのだ。
「沙耶花姉さん。本日の〝お
と
「ヤッター!」
と女達が叫ぶ。
皆、簡素なジーンズにエプロン姿であり、
沙耶花だってバンダナを巻き、化粧もいつもとは、まるで違っている。
シンプル顔、変幻自在の「仮面の沙耶花」の、もう一つの顔だ。
「あれ? あのヒト? あ! ・・・・あのヤロー!」
当然、沙耶花は、秀雄に気付いた。
そりゃそうだ。
つい、この間、「クソ舐め」という強烈な「お仕置き」を受けたのだ。
「ハリガネ鞭」を食らった「みみず腫れ」だって、ヒリヒリは通り過ぎたが、激しい屈辱感とともに、まだジワッと痛む。
「
と沙耶花が言った。
そして、大きなコーヒーゼリーの入ったガラスの器を見つめ、ニンマリと笑った。
沙耶花はバッグの中から、強力な下剤を取り出すと、その薬液をコーヒーゼリーにたっぷりとかけて、更にガムシロップをぶちかけてやった。
沙耶花は美容の為に、ときたま
簡易断食程度では、宿便までは取れない。その点、この下剤を併用した断食は、効果も早く、沙耶花の美容法の裏ワザであった。
「あ! お姉さん! 何て事を!」
と、
他の娘達も驚いている。
「あのね。後で説明するわ。……とにかく……アイツはね、……私達ストリッパーにとっちゃ、悪魔みたいな男なのよ!」
こう言い残して、沙耶花は秀雄の席まで運んで行った。
「あの・・・・タバコ吸いたいんすけど・・・・禁煙じゃないっすよね」
と秀雄。
無言の沙耶花がニッコリうなずく。
「大丈夫だって事っすね。灰皿、……お願いできますか?」
と秀雄が言った。
もう一度ニッコリうなずいた沙耶花は、テーブルにコーヒーゼリーを置いた。
秀雄はまったく気付かない。
さっそくスプーンを手にして食べ始めた。
「
と、戻ってきた沙耶花が小声で言う。
「でも・・・どうして?」
と麗美が質問する。
娘達も、いぶかしげな顔をして、沙耶花とテーブルの秀雄を、交互に見比べている。
黙って襟元を大きく広げた沙耶花は、首筋の「みみず腫れの痕」を見せた。
それから、腕まくりをして、防御傷である「みみず腫れの痕」も見せた。
もう痛々しくはないのだが、蒼黒く変色している分、ストリッパーにとっちゃ、より絶望的な状態と言えよう。
沙耶花が小声で言った。
「しっ! 騒いじゃダメ! ……オッパイも、お尻も、背中も、……身体中に食らったの」
驚愕の娘達は、声を押し殺して、どす黒い「みみず腫れの痕」を凝視している。
「
と麗美。
沙耶花は小声で、しかし敢然と言った。
「これからが面白くなるわ! みんな、協力してね!」
ストリッパー達がうなずいた。
秀雄はコーヒーゼリーを完食した。
麗美が灰皿を持ってきた。
秀雄はタバコに火をつける。
──はあ。空気はうまいし、姉ちゃんはやったら綺麗だ。たまにはこーゆートコも、いーもんだねー。
勘定を済まして、バザールの品々を眺めながら歩いていると、俄かに、もよおしてきた。
──うっく! 腹いて! ウンコしてえ! きっと、冷えたんだな?
境内の公衆便所に行くと、折り悪く、塞がっている。
──ドンドンドン
とノックをしても、更に強いノックの音が返って来るばかり。
仕方が無いので女性用の方へ行ったのだが、そこにも先客がいた。
沙耶花の指示で、ストリッパー達が策謀しているのだ。
──ああ、ちくしょう、急激に・・・・我慢できねえ!
「すんません! 急いでもらえませんか!」
と、男性トイレに戻って、ついに叫んでしまったのだ。
「うるせー! 馬鹿野郎! 俺は時間がかかるんだ!
と、これは、沙耶花の指示を受けているマアくんの声だ。
──ああ! もうダメだ! ちくしょー!
そこで、再び女性トイレに行ってノックする。
だが、無常なノックの音が返って来るばかりなのだ。
──う・・う・・他にトイレは見当たらないし、しょうがねー!
秀雄は境内の奥の、池の周りの茂みを目指して、ヨロヨロと歩いてゆく。
走ったら、漏れそうなのだ。
更なる罠をしかけるべく、沙耶花は池で待ち構えていた。
公衆便所を塞いでいた二人も、ヨロヨロと歩く秀雄を追い抜いて、先に池に到着した。
沙耶花はさっそく、ストリッパー達に指示を与える。
「麗美ちゃんは此処に立っててね。マリアはこのへんを歩き回ってね。マアくんと優香はカップルになってね。みんな、アイツがしゃがみ込んだら、大声出して怒鳴り散らして、大騒ぎしてやって。・・・・そーすれば・・・・此処しか無いわね。此処に来たら・・・・ムフフフ」
沙耶花はニッタラと笑った。
そこは、池に面して
池のヘリの所では、植え込みで
──人生、何があるか解らんなー。うー腹いてえ! う! ちびりそう!
秀雄は池の脇の茂みに辿り着いた。
──何だ? 茂みの一番濃いトコなのに。さっきのウェイトレスじゃねーか! あー! 携帯かけてるし・・・アッチ行けよ! くそ!
秀雄はヨロヨロと「場所探し」をする。
──あ! アベックがいる! だけど・・・ちくしょー! もーダメだあ!
ジーンズを下ろしてしゃがみ込もうとした刹那、
「こらあー! オマエ何やってんだあ!」
と
「警察呼ぼか?」
と女(優香)も言っている。
──何! 警察! ヤベヤベ! 逃げよう。
強姦魔としては、逃げるしか無い。
へっぴり腰になって逃げる。
目の前がかすんだ。
・・・・・・・ブリブリブリ!
ズボンが膨らんだ。
「ああ! やっちまった!」
こうなったら、もう、止まらない。
・・・・・・・ブリブリブリ!
「きゃー! 何! コノヒト!」
とマリアが叫ぶ。
「嫌だわ! くっさ~い!」
と優香。
──うわわ! チッキショー! いっその事、倒れて、病気のフリでもすっか?
と思った瞬間、あのウェイトレス(麗美)が、話しかけてきた。
「大丈夫ですか? 救急車呼びましょうか?」
すかさず、
「警察も呼べ!」
と、沙耶花に耳打ちされたマアくんの大声が響く。
「あ、いーんです。すんません。どーか、放っておいて下さい」
と、もはや腰の抜けている秀雄。
「オメエ!
と無常なマアくんのドラ声。
──この男、さっきから? いったい、なんなんだあ? あーもう、・・・・マゾになりそう。
笑うしかない。とばかりに、意味も無く笑った。
「うへへへへ・・・ひいひいひい」
と、途中から泣き笑いになっている。
そんな秀雄に沙耶花が話しかける。
「ねえ、アナタ、アッチの窪地で、お洗濯できるわよ」
秀雄は、泣き笑いしながら、沙耶花の指差した方向へ逃げる。
・・・・・・・ブリブリブリ!
と、またしても排泄しながら。
「うー! ちくしょー! 何てこったア! 我ながら・・・・臭いぜ!」
と言いながら、ジーンズとトランクスを脱いで、池の水に浸けてはパシャパシャと洗う。
フリチンで傾斜地にしゃがんでいるのだ。
下半身も洗わねば。と、目を凝らし、どんより濁っている池の深さを目測する。
──けっこう深そうじゃねえか? おっと! この角度じゃ、足が滑るぜ。
下痢便の後は足がよろめく。
だから傾斜地では、身体が
その時であった。
植え込みの後ろに隠れていた沙耶花が、手にした長い棒を、秀雄の背中に突き出した。
──変態ヤロー! お返しよ!
──ドン!
と突かれた。
「うわ!」
とばかりに秀雄は池に落ちた。
──ドッボーン!
池の深さは1メートル程であった。
「おぶぶぶ! もう、最低だぜ! 馬鹿野郎!」
秀雄の叫び声が響く。
日本晴れとは言え、師走の寒空だ。
まだ午前中の
植え込みの陰から素早く退散した沙耶花達は、バザール会場へ戻ってから、しこたま笑った。
「ザマミロ! 変態男! これでやっと、気分良くパリへ行けるわ!」
と沙耶花。
「でも、沙耶花姉さんの下剤、強烈ねえ」
と麗美。
「宿便落としにいいのよ。そだ。祝杯よ。ピザでも取ろ。デリカピザのデラックスおごるわ!」
「わーい!」
とストリッパー達。
「ぐふふふ」
とマアくんも笑った。
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